楡男

一億人の腹痛と辞書と毛虫とオレンジと

また起きる理由がなくなってしまう

短期バイト最終日だった。何度か述べてる通りこの職場には好意的な印象を持ってないし、仕事もつまらないし、いい仕事をする余地がほとんど残されていないし、仲良くなった同僚とかもないのだけど、終わる直前になるとなんとなく名残惜しく、愛着さえ感じてしまった。都合のいいものだ。なんでも終わる直前になっていろいろ気づき始めるのがいかん……という反省はおいといて、でも理性的な自分としては、やってる最中のことを考えれば、この仕事はもうやらないと思う。けどもあの職場が一種の home として私をよぶ。呼ぶけど行かないけど。きっとこの感情は、現状を維持しようとする原理が人間には備わっていて、その現れなのだと思っていて、なぜなら現状維持はエネルギーの節約になるからで、動物としての人間たちはエネルギーを節約したいのだよね。そう説明するとまことしやかで収まりがいい。しかし、こうしたとき何を信頼したらいいのかわからなくなるのであって、理性か、感情か、理性と感情が対立するものではないのは朝飯前の常識ですが、ともあれ自分の感情に従ったほうがいいことは多そうだし、多くあってほしい。うーん、でも、その職場を懐かしんで戻ってみて、戻ってみたらやっぱりよくないので離れて、また懐かしくなって……なんてサイクルを想定するととてもバカっぽい。バカであることそれ自体が悪いとは思わないけど、人間たるもの賢く生きるべきだという気がする。そんなことないか。たとえば人間が評価基準にする感情は二種類あって、快と苦だ、ということだとすれば、わたしが勤務期間中に得たものは快より苦のほうが多かったかもしれず、だとしたらそんな仕事はやめるべきであろう、と思えるけど、それもたんに一つの考え方だよね。懐かしさだけが人生ダという基準もあるかもしれないし。ただまあ私としてはあまりタメにならないし健康的でもない業務内容なのでやめようと決めました。あ、なんか愚痴みたいになってしまった。