楡男

一億人の腹痛と辞書と毛虫とオレンジと

極東モンダミン

1月からなるべく毎日日記を書くようにしているけど、それを自分で見ていて思うのは、言葉がするする出てくるときと、力みながら一歩ずつしか出てこないときがある。書いているものがどちらに属するのかは話題に左右されていて、理屈を語るときは多くの文字数が簡単に生み出されるが、生きている中で自分がどう感じたかを語ろうとするとつまずく。

そういうふうに簡単に分けようとしたが、違和感がある。むしろ、考えたことがないことを、考えながら語るとき、そのときは時間がかかる。ちょうど今しているように。これに対して、一度どこかで頭の中を走らせたことがある一連の考えを書き出すときは速い。まぁ、こうして文章にしてみると、当たり前の話ではある。

感じたことを語るとき、はどう整理されるだろうか。感じたことを語るのは私は遅い。前段落の整理に当てはめるなら、それは一度も考えたことのないことを考えることに属する。私は生きていて色々なことを感じている──それはきっと間違いないが、感じているとき私はそれを〈考えて〉はいない。この〈考える〉とは、すなわち、言葉にすることだろう。言葉になっていない経験が私の中によどんでいる。その領野は茫漠としている。