楡男

一億人の腹痛と辞書と毛虫とオレンジと

目玉おやじの小宇宙

10時間睡眠。前日特に変わったことしてなくて、かろうじて思い当たるのが新しい本を読み始めたり、新しい勉強を始めたりしたことぐらいなんだけど。あと夜に1時間弱ウォーキングしたこととか。でもそれで普段の睡眠時間 + 3H するほど疲れるか? もうよくわからない。しかし眠れたということは眠りが必要だったのだと判断せざるを得ない。それにしても、働いてたときより眠りを欲している感じすらあるぞ。

青土社 ||哲学/思想/言語:世界は時間でできている

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残された時間が短かったので、今日は衣食住のための活動を除いては読書と勉強を最低限──毎日継続する推進力を維持する程度に──進めるだけにした。

たくさん眠るの自体はいいんだけど遅くまで寝てると必ず頭痛を引き起こすので、いつもの時間に寝て遅く起きるんじゃなくて寝る時間が早くなって欲しいんだが、疲れの自覚がないんだよね。せめて、今日は早めに疲れておこうと読書/勉強/散歩の暫定疲れ要因の消化を夕食までに完了させておいたけど、なにかわかるだろうか。

SNSで他人が書いた川柳なんかを読むときに、たまに「いいね」をためらってしまうときがあって、そのココロは、それをいいと思った自分の判断に自信を持てない、みたいな気持ちなんだけど。なんで自信が持てないかというと難しくて、いま自分が目の前にしているのが〈自分がまだ知らない良さ〉みたいなものであるのか、それとも作品に付随している何らかの特徴や意味づけが自分に「いい」と思わせているだけなのか、しばしばそのあたりがあいまいなのだと思う。一説には。

「作品に付随している何らかの特徴や意味づけ」、についてもう少し言い足すと、川柳の中に「マルクス」という文字列が入っていると私は自動的に「おっ」と思ってしまう習性をもっていて、別にマルクスが特段好きなわけではないが思想家の名前が入ってたら気になるじゃないですか。で、「カント」とかだとあまりに思わせぶりだが、「マルクス」だと半ば一般名詞化している感じもあるしよさそう。その名前自体が放っている〈良さ〉がある。うん、そこまで考慮して選んでいるとするなら、「マルクス」という名詞を見つけてきた時点で一定の「作者の手柄」的なものを認めるべきではある。ただそれは作品の評価そのものではまだなくて、5-7-5の17音でいえば残りの13音で何をするかが重要だ。これはそれほど非常識な考え方ではないと思う。

特徴的な単語選び、という例で一段落書いてみたが、ほかにも〈作品が全体としてなにをしているか〉とは別次元に、しかしこれがあるとほぼ無条件で気持ちよくなってしまう、みたいなツボが複数あるはずで、ただそれは作品を見るという体験においては〈作品を見たときにやってくる良さ〉として渾然一体の姿で鑑賞者に現れてくるので、意識の上で即座に分離して取り扱うことが難しい。だから評論みたいな実践が存在するんだろうけど。

ところで前段落を書きながら思ったんだけど、音楽において特定のビートのパターンが気持ちいいとか、特定のチューニングをしたシンセの音色が気持ちいいとかはあって、それを目当てに特定の曲をリピートして聴いたりということすらあるわけだけど、それとどう違うのか、そこで楽しんでるのはダメなんですか? という点は考えてみてもいいのかもしれない。とりあえずの応答として考えられるのは、そうだとしてもその特定のビートであるとかシンセの音色を生かすようなコンポジションを曲の作者は施しているはずで、そこにも目を向けていいはずだよね、とかだろうか。いくらその特定のパートが好きでも、ミキシングからそのパートだけ抜き出したものがあればじゃあ満足なんですか? とか。