楡男

一億人の腹痛と辞書と毛虫とオレンジと

蹲踞な仕上がり

メモを元に日記を起こすやりかたは言葉が出てきにくい気がするな。私が日記を書くためには、今日記を書いている私自身から言葉が出ないといけないのだが、メモがその呼び水にうまくなってくれないみたいだ。過去の痕跡とはまさしく過ぎ去ったものの痕跡であり、何かの痕跡は当然ながらその「何か」そのものではないので、全体としてそれは私から遠すぎるんだと思う。そこから瞬時に何かをたぐり寄せる能力も私は持っていない。

というか、毎日日記を書くことに少し後ろ向きになってきている自分がいる。原因はわからんけど。もう半年?いや一年ぐらい続けてるし、というか履歴をたどったら毎日日記を書くことを始めたのが去年の7月頭だったので、まさにもうすぐ丸一年になるのか。一旦区切りにしてもいいのかもね。今後はまた、書きたいことがあるときに書くという運用に戻っていくでしょう。

夜、一部故障している自転車で、自宅から2番目に近いココイチまで行った。手元で変速ができないだけで、ブレーキやライトは完備しているので公道は走ってもいいはずだが、でもギアを上げるとチェーンがディレイラーのフードみたいなところに当たってカラカラ言ったりするので、かなり不安がある。これを使い続けるのは自分でも我慢しにくい感じ。自転車屋さんに見てもらうことを決めた。じつは、自分でいじくった車体を自転車屋さんに見せて怒られるのを恐れていたのだ。

私は人に怒られるのが怖くて、怒られないために努力するみたいなモチベーションで動いていることがけっこうある。大学のレポートの質もそれで良くなったりしていた。でもこれは怒られないかわりに、「本当はいつ怒られるのか」を知る機会を遠ざけた。たぶん、世の中は私が思っているよりも怒られることが少ないし、怒られたとしても私が思っているほどの損害(世界が壊れてしまうというような)は発生しないのだが、たぶん私はその相場観がくるっている。

書きたいことだけ書いて終わる。言うのに抵抗があることや、うまく書けないことは一旦置いていくことにした。