楡男

一億人の腹痛と辞書と毛虫とオレンジと

水っ洟御殿

ラジオをなるべく聞いていたいんですけどラジオがない方が快適な時間もまたあって、というか聞かない方がいい時間の方が多いんですよね、残念なことに。今の生活では朝の支度の時間をラジオタイムとして位置付けるのが時間管理上いいんですけど、朝は無音でいろいろしたほうが捗るかもなあとけさ気付いてしまった。というかほとんどの場合において雑音がない方がわたしは快適なのだ。たまにさみしいときはラジオが重宝するけど。

前の段落でラジオって何回言ったでしょう。私は文章の中でキーワードとなる名詞を何回も繰り返し使う癖があるなと気付いて、これはもうネットで文章を書き始めた頃から自覚はしていることなんだけど、さいきんも連句の雑誌について Bluesky に感想を書いたときに連句って何回も言う人に自分がなっているなと気付いたんですよね。文章表現としては上等でないと思うんだけど、これは自分の認知のスタイルを反映したものなのかもしれないと今日思ったりした。名詞を強く意識することでそれを世界の把握の基礎にしている。名詞につかまらないと流されてしまう。何に。雑音の海に。

ラジオについて書くことをけさ決めて、スマホのメモに一筆残しておいたんだけど、メモを見ずに書き出したらもともと書こうとしていたこととは別のことを書いていたことに今気付いた。それはそれでいい。「書こうと思ったこと」なんて、実は書けるしろものではないのだ。何か障壁があってできないというのではなくて、思いは実のところ書ける姿をしていない。

ここ数日は眠ることに力を傾けていて、それで月曜火曜は日記を書けなかった。「眠る」と「力を傾けて」は言葉のなじみがよくないが、自分の実感としてはしっくりくる。眠りを〈自然に来るもの〉みたいに思うよりも、対象化して「眠りをやるぞ!」みたいに意識したほうが私は眠りとうまく付き合えるかもしれない。