仕事の休憩中に読んだ本で、痛みを伴う描写が出てきて、そうしたものに触れるとあとあとまで気分として残るというか、「引きずる」という言葉で指し示される事態が起こる。それが悪いことだとか言うつもりは全くない。事柄が衝撃的であるとはとりもなおさずそういうことだから。
ただ、私個人の資質として、そうしたものに触れるといきおい「この世の中は苦しみに満ちている」と釈迦みたいなことを考え始めてしまう、それはもしかしたら正しい認識である可能性もあるが、しかし破滅的な思考から自らを守ることも重要だ。バランスが必要。
図書館から借りている『自分にやさしくする生き方』(伊藤絵美著・ちくまプリマー新書)を読み始めたんだけど、ほどなく、マーカーを引きたい箇所が複数出てきて、これは購入して読もうとすぐに決めた。
本にマーカーを引くという読書法は、自分の人生の中でうまくいった (work した) ことがなくて、大学生の頃とかに読書法の本の受け売り*1でやったりしたけど、ほとんどの文に線を引くことになったり(たぶん読書ピープルあるあるだな)、電車の中でそういう作業をやるのが難しかったり、なによりも線を引くという行為によって自分が何かを得ているという感じが全くしなかったため、やめてしまったのだった。
そこへきていま、ちまたの読書人がするように私も本に線を引くことができるかもしれないと予感しており、それは私が伊藤氏の著書をすでに複数読んだことがあり*2、書かれているであろう内容にあらかじめ心の準備ができていることや、たしかに本書は氏のこれまでの歩みの集大成的なところがあるにせよ、しかしこの一冊ですべてをまかなおうと私自身が思っていないことが関係していると思われる──言い換えれば、読書生活の中で一冊あたりの重みを軽く保てているからこそできる行為だという気がする。