タイトルの「刺客」の読みは「せっかく」。
仕事終わりに、地図を買いに街へ。街(ターミナル駅)は人がうじゃうじゃしていて、食べに行こうと思っていた店もきっと入れないだろうと思っていたら意外と空いていた。金曜日はみんなお酒を飲みに行くからごはんを食べるだけの店はさほど混んでいないのかもしれない。
地図(国土地理院の25000分の1のやつ)を小脇に抱えて、あと『詳説政治・経済研究』も買って書店から出てきた。ニュースを見るときの基礎知識的な本が欲しいとたまに思い立って探すんだけど、灯台下暗し、大学受験生の頃から存在は知っていたこの本が実は最適だったのかもしれない。参考書コーナーで私語がうるさい客がいたので中身をきちんと見れなかったけど、キーワードレベルではかなり網羅されている模様。結局学校の勉強を着実に身に着けた人が一番強いんだ……。それこそが一番「環境」が左右する部分であるなあと思ったりもするけど。
あと歴史の知識もなさすぎるので世界史のシリーズものを読もう、と思い立って、探してみたりしているんだけど、今のところ河出書房新社の『世界の歴史』シリーズが一番良さそう。ところがこれは 1990 年ごろに出たやつで品切重版未定なんですね。ただ電子書籍が出ている。これはサンプルを見るかぎり文章がよくて、第9巻の冒頭はコナン・ドイルの小説の話を何ページもかけてしたあとヨーロッパとはどういう地域かみたいな話につなげていくんだけど、早く歴史の話を始めろよとジリジリするかと思いきや自分が聞きたかったのは本当はこういう話なのかもしれないと思わせるぐらいの筆力はあった。比べるのもよくないのかもしれないけど今新刊で買えるシリーズだと講談社学術文庫のは(「興亡の世界史」)文章がこなれていないと感じるし、中公文庫のは(「世界の歴史」)教科書然としているというか、山川の世界史教科書の凝縮された記述を展開したのが『詳説世界史研究』だとすると、それをさらに30何巻本に展開したのがこれ、みたいな感じ。歴史なんて細かく見れば見るだけ触れるべき重要事項はあるのだろうけど、聞いたことない人名が容赦なく出てきてこれは読み通すのが難しいかもと個人的には感じた。まあ数ページぱらぱら見て得ただけの感想なので参考にはしないでくださいね。
ただ古い本のほうが文章に迫力があるよなあとは折に触れて思うところであり、中公の『世界の歴史』にも旧版があってこれも評判がいいみたい。古本を見つけてちょこちょこ買ったりするのがいいのかしら。
研究者なんだから「読ませる」文章とか別にいいから堅実な研究を重ねてほしい、みたいに数年前だったら考えていた気がするけど、結局自分の資質的に読める文章と読めない文章がかなりくっきり分かれるというのを認めざるを得なくなってきて、やっぱり知識がどのような文章に乗せて伝えられるかは重要だと思うようになった。とはいえ「読ませる文章を書こう」と思い立てば書けるようなものではなくて、当時の「知識人」「学者」のスケール感あってこその成果だという気がする。一人の人ができること・一人の人に対して期待されていたことのスケールが何十年前だと全然違ったんだと思いますね。社会構造がきっと変わったんでしょう。メディアとしての文章の存在感も何十年前と比べたらだいぶ落ちているんだろうし。