楡男

一億人の腹痛と辞書と毛虫とオレンジと

よう電場、元気か?

5時間半睡眠。頭の一部分にぼんやりと痛みがある。予定時刻より20分遅れて起床することとし、それにより今日の洗濯チャンスを犠牲にする。ドリップコーヒーを淹れて飲むチャンスも。食パンを焼いてヌテラを塗って食べる。これはたっぷりつけたほうがうまいはずだ。明日そうする。顆粒のコーヒーを溶かして豆乳で割って飲む。出していないゴミが玄関に山と積まれている。

ヌテラは昨日スーパーで買った。

指先から体の芯まで冷えていたけど、軽い体操・食事・入浴して支度して出る頃には温かくなっている。しかし朝の支度の時間じゅうの冷えが問題だ。この時間帯はラジオをつけるといつも森本毅郎スタンバイが流れている。ここしばらく出演していないようだった森本が電話出演していて、少し足を止めて聞く。

駅まで歩く中で川柳のポッドキャストを聞く。川柳の、というか、詩のポッドキャストの中で川柳を読むエピソードがあったということだ。同じポッドキャストの続きを昼休みにも聞き、聞き終える。

仕事をして帰る。仕事は、書けば本人特定の材料になるという点もあるし会社の機密情報のこともあるのでもともと書きにくいのだが、書けたとてこの文章の中に居続けるのは難しいだろうと思う。そのような特殊な経験である気がする、労働は。それは生活の一部ではない。

ヌテラはおいしいが朝はしょっぱいものが食べたいと、結局思ってしまう。ところで、塩味(えんみ)という言葉がどこかニセモノの日本語のように思えてしまって、使えない。酸味があるから塩味もいいだろうと考えることができるが、「辛味」(からみ)「甘味」(あまみ)「苦味」(にがみ)のように訓読み+音読みの組み立てのほうが実感がこもると思う。だから「酸味」もあまり使わない。酸はそれでも味そのものを指している字だと思うけど、塩はしょっぱい味がする「もの」のことを指す字でしかない。塩味と言うぐらいなら私はしょっぱみという言葉を使うだろう。しょっぱさ、塩気、塩加減、塩辛い味を言うための言葉はふんだんにある。

仕事上がりに散髪に行く。 1000 円カットの店(と言いつつ今や 1400 円である)は清潔な見た目に反して騒音レベルが高く、耐え忍ぶことを強いられる。仕事終わりに本当は来る場所ではない。本を読むのは無理で SNS のタイムラインもとっくに見終わって、 Bluseky と Twitter の更新されることのないタイムラインを交互にリロードする無の時間が来るかと思ったが、そんなときに作句作業をすると意外と進むことがわかった。そのほうがはかどるということはないが、たぶん静かな場所でやるのと同程度にはかどる。つまり何も考えられないほど疲れているときでも接することができるのが、本来、私にとっての川柳というものなのだった。

帰宅して、横になって YouTube を見始めたら右目がかゆくてたまらなくなった。次いで、鼻水が止まらなくなった。ストレスだと直ちにわかる。すぐにシャワーを浴びることにした。そう決めたあとで、読もうと思っていた本を本棚から取り出して、うっかり読み始めそうになったが鼻水が止まらないのでどうにか体を風呂場に持っていって、入浴したらだいぶ楽になった。今日はもう早く寝たいというか、覚悟が決まっていて実際に早く寝れると思う。