楡男

一億人の腹痛と辞書と毛虫とオレンジと

扁桃腺サンバ

最近、つらいことがあって──とぼかして書く癖がある。どこで誰と会って何が起こったのかは明かさない。15年ぐらい前からインターネットで書き物をしている私は、もともとは身元特定防止のためにそうしていたはずだったが(昔は「身バレ」を恐れることに切実なリアリティがあった)、今はそれもあるけど、よりシンプルに自分の素質として実は「自分のことを他人に話すのが苦手」というのが表れているだけという部分もある。15年以上インターネットに自分語りを投稿しているくせ、実は自分のことを話すのは苦手なのだ。苦手だから、こうして不特定の相手に向けて、「聞き手」がいない状況で書いているとも言える。実際、こんな回りくどい話を聞いてくれる人は世の中にめったにいないだろうし、ここに書くしかないのは事実かもしれない。

自分のことを話す、と言ったけれど、この場でそれがストレートにできているかもあやしく、自分のことを語るというよりはある種の一般論としてこれを提示しているという気持ちすらあるかもしれない。当事者が誰でもいい記述としての一般論。それって大学で哲学を専攻してからはっきりしてきた傾向かもしれない。私は大学で勉強熱心──だったかもしれないが(成績は良かった)、しかし哲学書をたくさん読むことはしなかったので、私に哲学のことを聞くのは(他の選択肢がある限り)適切でない、と断っておかねばならないが、その上で言うと、自分の本当に思っていることを自分からも隠しつつ、有意味な何かを語っているように自分すらも錯覚させることができてしまう、哲学はそういう使い方もできるものだと思う。それは哲学の悪用だと思うが、悪用への道は用意されている。

地が出たときの私の文章とはこのようなもので、その度し難い癖を私自身は自分自身のものとして引き受ける義務があるが、とにかくまわりくどくて読むのがきっとしんどいし、なによりもっと自分自身が軽快に語りたいことを語ることができればいいのにと思う。細い細い道を探しながら一歩ずつ踏み締めるような語り方しかできないのだ。でもこうして苦労しながら今私が語っている内容は、自分自身のものの語り方についてのことであるわけで、外界の何かに向かってはいない。結局そういう超狭いところにしか興味がないのなら、別に一生そうやってここで語っていればいいのではないかと自分自身でさえ納得できてくるところでもある。

話したいことがない、と言うとしっくりこない。しかし「話したいこと」があったとして、それは次の瞬間には手のひらから滑り落ちてしまう。

そういうことを書こうとしてはてなブログの編集画面を開いたのではなかった。昨日つらいことがあって、相変わらずぼかして書くと、お前のことが嫌いだということを正面からぶつけ続けられるという経験があって(と書くと相手方は「そんなことじゃない」と呆れ返るかもしれないが、結局私にとっては一口で要約するとそうなってしまうし、それが私の限界なのだと思っている)、そのことがここ十数時間の私の心をまあ占拠してはいるのだった。相当ストレスフルな場面だったが途中で感性のカーテンが自動的に下りてしまったかもしれず、感情的な動揺は少なかった。一方、自分で何かを言おうとするとそれはひどい心理的な抵抗を伴うもので、言うべきことが整理されていない状態で、でも会話のリズム上なにかの言葉を発そうとすると喉が締められているような苦しさがあり、かろうじて声が出たと判定できるようなレベルの音の欠片しか生じなかった。

その前後の仔細はここに書くことでもない気がしてきた。実は昨日の夜に5000字ぐらいかけてそのことをプライベートのメモには残していて、自分にはそれで十分だったし、不特定の他人に公開すべきことでもないと思えた。過去に何度かあった少し似た出来事の後みたいに心理的な負担が強くはなかった(つまり、生きていても意味がないというような考えに取りつかれたり、他に何も手につかなくなったりはしなかった)けど、でも当該の場面を心のスクリーン上で何度も反芻して、ふとんの上で自室という空間だけが広がっているのがしんどかったので Apple Music でベートーヴェンピアノソナタ*1を流してみたり、明け方にTheピーズ『リハビリ中断』、TOMOVSKY『39』などのちょっと懐かしい作品を新鮮な気持ちで聴いてみたりしていた。高校生の頃からあいかわらず音楽は私を助けてくれる存在であり続けている。

そんなわけで(?)私はまだ生き続けているし、どうも生き続ける以外の選択肢は与えられていないらしい(そのことに少し窮屈さを感じることもある。「生き続ける」「死ぬ」以外に選択肢はないものだろうか──そんなことを考えてしまうのは理性を備えた人間の思い上がりだろうか)。そして生き続けるためには「意味」という燃料が必要だ。寝るところや風呂や食べ物が必要なのと同じように。

……ここまで書いて電池切れになった。燃料、増やさないとね。興味のある分野の勉強会でも探してみようかな。

*1:クラシック音楽方面の知識はないがこれはピンポイントで知っていて時々助けられている