楡男

一億人の腹痛と辞書と毛虫とオレンジと

佐々木健一『タイトルの魔力』

佐々木健一『タイトルの魔力  作品・人名・商品のなまえ学』、中央公論新社中公新書)、2001年。299pp.

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最近、川柳の同人誌に参加するということがあり、そのさいに(川柳の連作を構成することの困難もありつつ、それ以上に)連作にタイトルをつけるという課題にほとんど手も足も出なかった経験があったので、この機会にアクセスしてみた。

新書だけど300ページ近くあるし、文字がぎっしり詰まっていて読み応えがある。作品のタイトルというテーマは当時類書がなかったらしく(今はどうなのかな)、哲学・美学から言語学、歴史、レトリックまで、広範囲の話題について著者が調査した結果をもとに論述が組み立てられている。これだけ幅広い素材を、一貫した論述の流れの中に位置付けながら一冊の本を構成できたのは、著者の学問的基礎体力あってこそだよなあ(本書の発刊時点で単著がすでに7点出ている)。これが820円 + 消費税で入手できるのはめちゃくちゃお値打ちだと思う。

巻末には文献案内がついており、タイトルを扱った既刊論文のレビューになっている。取り上げられるのはすべて海外の文献。このパートだけでも約20ページに及んでおり(しかも文字サイズが本文より何ポイントが小さい)、こういう言い方もなんだけど2024年の今ならここまでできなかっただろうなあと思ってしまう。

論旨について。本書の中心的な主張を簡潔に述べた箇所は、このあたり。

タイトルは、作品「について」、それをしかじかのもの「として見よ」という指示を行うメタテクストである。 (p.261)

これは〈タイトルは作品の解釈のヒントになるものだ〉みたいな素朴な了解とも合致するところがあり、驚くようなものではない(が、もちろん人を驚かすような結論イコールいい結論であったりするわけではないので、これはけなしているわけではない)。同時に、このタイトル概念が歴史的に近代に属するものであることも丹念に跡付けられており*1、結末部ではこうしたタイトル概念の衰退の兆候について指摘されていたりする。

実用的には、上記のタイトル理解の話と、11章で抽出される「提喩型」「隠喩型」のタイトルの2類型のところが収穫だったかな。

本書の核心ではないんだけど、前半で展開される「なまえ」に対する考察にも心ひかれた。好きになった人の名前を知りたくなる(実体→名前)とか、名前だけを知っている植物の実物を見たくなる(名前→実体)みたいな例が紹介されており、それ自身が身に覚えのあるもので説得力がある。私の無味乾燥な言い方だと伝わらないけど、生き生きとしたいい文章で描写されてるんですよ。「名前なんてただの記号でしょ」という言葉で片付けたくなることってあるけど、それではとても済ませられないほど、名前って人間の実存に食い込んでいる、謎めいたものだなあと思う。

*1:これに関連して、本書では「タイトル」がかなり狭い意味で用いられている点にも注意。たとえば商品名みたいなものとはハッキリ区別されているし、作品の単なる呼び名とも異なるとされている。